風吹かば吹け、波立たば立て

今回の選挙は、投票前から投票結果までの全てを含めて、わたしが生きている世界や時代がどんなものかを知った意味深いものとなった。

わたし自身はいろいろな理由から安倍政権の続投を望んでいなかった。だから朝一番にインターネットで選挙結果を見た時、一番に感じたのは「あぁ…」という失望と底知れぬ恐怖。

それからしばらくして「どうして変わらないんだ!」という、誰へともいえない怒りが湧いてきた。この怒りの矛先はとても複雑で、ここで挙げれば切りがないようにも思えるし、あるいは案外単純で、自分一人を責めているようでもあった。

失望・恐怖・怒り・無力感を経験した後おそってきたのは、絶望。
「あ〜、何だ…やっぱり世界も人も変わらないよね…」って。

その後しばらくどっぷり絶望にひたった。
そうだな…時間にして2時間くらい。
それから「もうこれで十分」と思った。
「絶望はもう十分」だって。

***

選挙の結果はわたしの思い描いたものとは違っていた。

でもそこで思い出したのだ。
思いもよらないほどの素晴らしい出来事もあったんだってことに。
日本中のいろんな場所で小さな奇跡がいくつも起きてたんだってことにね。
「選挙に行こう!」と多くの声が挙った。
憲法について、日米安保条約について、原発について、いろんな人がそれぞれの物語を語り、意見を表明してた。
苦しみや悲しみや怒りが語られ、身近なところからさまざまな叫び声が挙ってた。
そして、それらの声に呼応する人たちも続々と現われた。

そうだ。
政党が変わることが「希望」だったんじゃない。
真実が語られる事、声が挙る事、立ち上がる人たちこそがわたしの希望だったんだ。
そしてその希望はまだこんなにも強く生きている!

ー遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よー
どうだ!
これが私の世界だ!
これが私の希望だ!

そんな思いが胸をつき、わたしを絶望から救い上げてくれた。

***

私たちは、これまでの人類史上でも最も大きな転換期の一つを生きている。
角を曲がったこの先に何が起こるのか、全く想像はつかない。
それほどまでに大きな物語を生きている。
そしてこれは、たった一人のヒーローやヒロインを主役とする物語ではなく、私たち一人ひとりが主役を演ずるべく用意された物語だ。

だったら立ち向かうべく与えられた困難だって大きくて当然。

よし、上等だ!
人生を賭けるにはそれぐらいの困難も想定済み。

だからまた立ち上がろうと思う。
絶望にひたったその後は、また顔を上げてわたしらしい物語を続けるのだ。
この物語がハッピーエンドかどうかなど問わない。
そもそも結末は誰にも分からないのだから。
そうではなくて、この物語は「それでも自分はこの旅を続けるかどうか」…その選択をわたし自身に問う物語なのだ。

 

 

 

愛するということ

人間はなんのために生まれてきたのだと思いますか?

こんな質問をこれまでに何度か問われたことがある。
答えはもちろん人それぞれ。

遊ぶために生まれてきた
経験するために生まれてきた
魂を成長させるために生まれてきた
楽しむために生まれてきた

うん、うん。
なるほど、なるほど。
そうかもね。
それもいいね。

で、わたしの答えはこれ。
私たちは愛するために生まれてきた

***
そもそも愛するってなんだろう?
親子の愛・男女の愛・人類愛・友情・自然への愛…いろんな愛のかたちがあるけれど、それって一体なんなの?

このシンプルな問いに答えるのは、実は相当に困難だ。

水や空気や太陽や、生きとし生ける全てのものから無償で贈られているもの—
それが愛の本質だ。
…な〜んて事も頭では分かるのだけど、だったらわたしが誰かや何かを愛するってのは、どういう事になるんだろう?

そんな問いに向き合い続け、ようやく腑に落ちる答えに辿り着いた。
それは…
わたしにとって「愛する」ということは、愛するという決意にもとづいて行動すること。「愛する」ことを選択すること。

愛するということは、わたしが誰かや何かを自分と同じくらい、いや場合によっては自分自身よりも大切にするとこころに決めて、それを実行することだ。その誰かや何かが自分に何をしてくれるかとか、どれくらい愛し返してくれるかには関係なく。

愛は行為だから愛するかどうかは自分で選ぶことができる。わたしはAさんを愛することもできるし、愛さなくてもいい。Bさんをずっと愛し続けてもいいし、人生のどこかの時点で愛することをやめてもいい。愛は人に強制されてとる行動ではなく、完全に自発的な行為なのだ。いろいろな理由から「わたしは××なんだから○○を愛さなければならない」と感じることは、自分であることの権利を剥奪されていることに等しい。だからそれは、間違いなくとてもとても辛いことだろう。

自分以外の人を愛することは冒険物語を生きるようなものだ。あらゆるチャレンジが多種多様に仕掛けられ、憎しみや裏切りや怒りのエピソードだって満載だ。しかも相手も自分を同じように愛してくれるとは限らないんだし…

それでもわたしは誰かや何かを愛したいと思う。
自分以外の存在にこころを震わせ、大切に思い、与えられる人間でありたいと願う。
だって「自分と同じくらいか、それ以上に大切にしたい」誰かや何かに出会えるなんて、最高に楽しそうやん!

そして自分のなかで息づく愛に気がつくたびに、きっとこう思うと思うのだ。
「あぁ、生きててよかった!」

 

 

A Ticket to The World

 

A ticket to the world

「自己責任」

なかなか切れ味の鋭い言葉。
わたしはこの言葉がなんだか苦手。

この言葉、あらゆる現象のほぼ全てに応用可能なようで、わりといろんなところで耳にする。例を挙げれば、病気になるのも、事故に遭うのも、妊娠・出産・子育ても、痴漢にあうのも、定職に就けないのも、精神的に病んでしまうのも、「自己責任」になりうるらしい。

でも、果たして本当にそうなんだろうか?

「自己責任」という言葉には、人間は一人ひとりが完結した個別バラバラな存在だ、という個人主義の前提が通奏低音として流れている。「個人の問題は、それぞれ自力でなんとか解決してよね。そうなったのはあなたの責任なんだから」というわけ。

確かに、大切な仕事の前日についうっかり飲み過ぎて、当日は遅刻ばかりか体調サイアク、寝癖のついたボサボサ頭で何とかプレゼンはしたものの、のっけからトークは大崩壊、おまけに酒臭さもそこはかとなく感じられ…なんてのは個人の責任感の欠如を指摘されてもしょうがないよね。

じゃ、ミニスカートで電車にのって痴漢にあってしまったら?
ミニスカートをはいていた女性の自己責任?

火事で家を焼け出されてしまい、貯金も行くところもなくなってしまったら?
万が一に備えておかなかった当事者の自己責任?

原発事故のせいで多くの住民が住む場所を追われてしまったら?
原発の安全性を盲目的に信じた住民たちの自己責任?

どうもこうやって見てみると「自己責任」という言葉には、個人主義ばかりでなく、どこかで被害者を裁く心理が働いているようにも感じられる。

そんな折、日本の大臣までもが「子どもを産んだのは親の自己責任」と言いだした。

***
当たり前のことだけど、人間は一人では生きていけない。
だからあらゆる種類の責任を、一人で負いきれないのは当然じゃないだろうか。
もし全ての営みを個人の責任で完結させられるなら、人間が「社会」を形成する必然性なんてどこにもない。

でも実際には、生きていくためには一人ではできないことがたくさんある。だから、そこを互いに補い合うために「社会」が必要となるのだ。それにもちろん、私たちは人生のなかで数えきれない間違いを犯したり、いろいろな失敗だってする。そうした過ちや失敗の「責任」は、複雑に絡まった毛糸玉のように、いろいろな人や物に否応なしに結びつけられている。そうやって、人間たちの営みの清濁を併せ呑んで「社会」は作られているのだ。

だったら…
「自己責任」の「自己」って何やねん。
とツッコミたくなるのです。

***
英語で責任は responsibility; respond (応答する)+ability (能力)
つまり、物事に応答する能力のことをさしている。

私たちは生きている限り、好むと好まざるとにかかわらず、さなざまな状況に応答している。お腹がすいたら食べ、寒ければ暖をとり、危険を察知したら逃げるか、またはその状況に対応すべく準備をする。そうやって私たちは、現在の状況を把握したり未来の状況を先取りして、つねにある行動を選択しつつ生きている。つまり「状況に応答する」=「生きる/生きている」ことだ。

そうするとこんな関係が成り立つ。
「責任」=「応答する能力」=「生きる/生きている」

「今起こっている出来事に、逃げずに、真っ正面から、自分らしく、応答する」
それが「責任」ということで、それ以上でも、それ以下でもない。
その結果を他人がどう受け取るかは、この段階では関係ない。
大事なのは、「生きる」ことには必然的・本来的に「責任」がついてまわるってこと。

子どもを持つお母さんが、社会に向かって「助けて!」と声をあげたなら、そのお母さんはちゃんと母親としての責任を果たしている。今、彼女たちが直面している状況に真っ正面から向き合って、母親としてできる事をやってる。
大臣は「それはあなたの自己責任でしょ」なんて言わずに、大臣としてそれにどう応答するのかを答えてくれなきゃ、大臣としての「責任放棄」だよね。

***
さて。
英語の成り立ちから日本語の意味を推測する事の是非はさておき、他にもいろいろな角度から考えた上で浮かんできたわたしの「責任」の定義をここに記しておこうと思う。

「責任」とは、世界に主体的に関わる「参加券」のようなもの。
この世界との生きた交流を可能にしてくれる奇跡のチケットだ。

このチケットを手にしているって、実はものすごいことなのだ。
これをフル活用したいと思うなら、いつでもしっかり五感を研ぎ澄ませておく必要がある。だって、世界に起こる出来事に自分らしく応答しなきゃいけないからね。

福島第一原発の事故から5年を経た今、この出来事へのわたしの「責任」を探りながら、そんな事を思った3月となりました。

 

イメージ引用:
bodhi kids
http://www.bodhikids.org/indras-net-yarn-toss/

Active Hope

 

「わたし、自分の意見はこうですっていう事が、最近怖くなってきたの…」
ある日、友人のHが言った。

ある意見を言えば、必ずといっていいほど反対意見もある。
いろんな意見を自由に出し合える場なら、反対意見や異なる意見は「豊かさ」となるのだけど、いかんせんそんな場ばかりではない。
中には攻撃的な口調で責め立てる人・「傷つけられた」と被害者になってしまう人・「当事者面するな」とシャットアウトしてしまう人…いろんな人がいるもんだ。
もちろん自分も気づかずにその中の一人になっていることだってある。
でも、ま、それはそれとして、とにかく「自分の意見はこうです」っていう事には、わたしにとってもかなりの勇気と覚悟が必要。
その気持ち、分かる、分かるよ、H!!

そんなHの言葉を聞いて、数年前の自分を思い出した。
「世界」や「地球」や「未来」を考え始めたばかりの時のこと。

***************

わたしはいつも「もっと上」「さらに先」を目指していた。
大学に入れば、大学院へ。
修士課程に進めば、博士課程へ。
もっと、もっと。
上へ、上へ。
もしもあなたがわたしと同じ第2次ベビーブーマー世代に生まれているなら、こんな苦しい「上昇志向」が空気のように社会全体に蔓延していた、といってもさほど不思議には思わないだろうと思う。

こうした空気を吸って育った子供たちは、全てではないにしても、多かれ少なかれ自分と他人を比べる事が習慣化してしまう。自分が社会のどこにどんな風にポジショニングしているかを、他者との比較から読み取ろうとするからだ。
小さい時に身につけたこの習慣は、無意識の中に入り込み、大人になってからも背後でつねに稼働状態にある。そしてこの習慣は、やっかいなことに「自分に無いもの」を痛いほど突きつけてくる。そのせいで私たちはいつも何か足りないと感じている。お金・資格・学歴・社会的地位・人と違った特別なスキル…「それさえ持っていれば、自信を持って人前で何かを言えるのに…」なんて。

「きっといつかは自信を持って何かを言えるだろう」と思い続けて30代も半ばを過ぎたわたしも同様…薬剤師として経験を積んでも、大学院を出ても、はたまたアメリカまで行って留学してみても、やっぱり「自分はこう思う」なんてことは相変わらず言えずにいた。人と意見が違ったら、違うからという理由で攻撃されたり、「やっぱり分かってないわ」と思われたり、「それは理想論だよ」と軽蔑されたり、無関心で無神経と思われたりしたらどうしよう…と。

そんな臆病なわたしが、どうした訳か、何かの折に「こんな社会の在り方じゃイカンかも…何かが変わらんと…何かを変えんと!」と思ったのだ。

そこでこの話を思い切って何人かの人に話してみた。
自信を持ってはっきり物が言える賢い人たちに、どうしたらいいか聞いてみようと思ったのだ。ところが意外にも答えは決まってこんな感じ。
「まずは自分の悟りを得ることが必要。それなくして社会の変革なんてできないよ」
とか
「社会を変えようなんて傲慢だ。自分が変えられるのは、自分だけだと知るべきだ」
など。そして多くの場合、世界や未来を「変えよう」とするわたしの傲慢さをその後延々と説いてくれるのだった。

なるほど…どうも社会変革には自分の精神性を徹底的に養い、まずは自分が聖人のようにならんといかんようだ。
それに加えて、その筋の情報に専門家なみに通じており、難しい問いへの答えも用意しておく必要がある。
例えば「原発反対!」だけじゃ足りない。「これからのエネルギーを原発無しでどうやってまかなうのか」「そのための資金はどうするのか」「今まで原発に依存してきた街や人びとはどうしたらいいのか」とか、その他あれこれ、全ての答えをね。

うーん…スタート地点すら、遠いところにあるもんだ…

そんな中、一人だけ違うことを言う人がいた。
その人はわたしにこう言った。
「社会を変えようと思ったら、それを止めようとする力はこれからいろんな形であなたの前に現れる。それらのなかにはストッパーとして明らかに分かりやすいものばかりではなく、「一見、賢そうだったり、親切なようなアドバイス」として現れてくることだってある。でも、あなたがそれで自分の信じることを行動にうつすのをやめるなら、社会は決して変わらない。」

その人はこうも言った。
「あなたが自己の悟りによって癒されてから、社会が癒されるのではない。
社会が癒されない限り、あなたも本当の意味で癒されはしない。
だからといって社会が癒されてから、個人が癒されるというのでもない。
一人ひとりの人間が癒されない限り、社会全体も癒されないのだから。
そうではなく、個人の癒しと社会の癒しは同時に起きるのよ」

そしてこの癒しのプロセスは社会に向けた「行動」によって始まるのだ。

***************

福島第一原発の事故が起き、日本でも、海外でも、多くの人が立ち上がった。
学者でも、専門家でも、政治家でも、瞑想者でもない人たちが「より善い社会」について声を挙げはじめた。
学生とか、お母さんとか、サラリーマンとか、農家さんとかが「私たちが未来に残したいもの」を語り始めた。
普通の人たちが、当たり前の願いを、ちゃんと声にしはじめてる。

H、頑張れ!
あなたの声も、わたしの声も、ビビリながらも、ちゃんと出していこう。
それはきっと大切な声だよ。
誰かはちゃんと聴いてくれてる。

そうして世界が変わってゆく。
たくさんの声が集まって、世界は変わる。
武力でも、経済制裁でも、規制でもない。
声を上げること。
それで、私たちは世界を変えるんだ。

 

 

*上記の「一人だけ違うことを言った人」はJoanna Macyです。
ただし記憶にもとづいて内容を再構成しているので、一言一句が話された通りの記載ではないことを記しておきます。
*上記の「賢い人たち」は特定の個人を指すものではありません。
またいただいたアドバイスは全て、自分を見つめる得難い機会になりました。こころから感謝!みんな大好きだよ。

 

 

 

 

 

 

アメリカン☆正月

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アメリカ生活も早くも5年目。
その前の一時滞在期間も含めると、なんとのべ6年間をこのだだっ広い大陸で過ごしている。その間に迎えたお正月は3回。

ところがこのアメリカでのお正月、数を重ねれば重ねるほどますますカルチャーショックが大きくなってくるので、ここらで「わたしの正月観」なるものについてちょっと書き留めておこうと思う。いったいわたしにとっての「正月」ってなんだろう?

ということで、まずはアメリカでのお正月。
ここでの元旦は何とも味気ない感が否めない。
塩が利いていないというか、メリハリがないというか…
プリンと茶碗蒸しのちょうど中間の食べ物とでもいおうか…
日本の正月にあるような「新しい年を善く生きようとする決意」とか「今年(こそ)を人生の正念場にするぞ」といった一種の覚悟というか、カミソリの刃のような鋭さは、少なくともこの温暖なカリフォルニアの地ではガツンと自らに迫り来ることはないように感じる。

そう言えば日本の年末には「一年の締めくくり」という言葉がよく聞かれるけれど、この「締めくくる」というのはとても日本ぽい表現だと思う。
七五三縄(しめなわ)の両端をみても分かるように、「締め」て「くくる」というのは決してものの前後を完全に切り離す行為ではない。そうではなくて、前にあるものをいったんしっかりと束ねて節目をつくる行為をさしている。
そうそう、巾着袋だってそんな形になっているしね。

「締め」て「くくった」場合、必要であれば前にあるものを引き継ぎ、継ぎ足しながら新たな節をつくってゆくことができる。つまりどこまでも長くすることができるのだ。そして当たり前のことだけど、どんなに長くなっても始点から終点までは途切れること無くつながっている。もちろん引き継ぎ、継ぎ足ししていくためには固い素材ではなく、柔軟性に富んだしなやかな素材が必要で、そうすることで自在に形も変化させられる。
始点と終点をつなぎあわせれば、円環やスパイラルだってつくれるのだ!

これはなんだか日本人の時間感覚を象徴的に表わしているようにも思える。
こうした連続した時間感覚で生きている(または生きていた)日本人は、だからこそ年の変わり目にはいったん「締めくくり」を意識化し、よりしっかりとした節目を生活に取り入れる必要があったのかもしれない。だって、そうでなければ時間はただ水のように流れていってしまうから。

時間の流れは絶えることなく、時に円環を、時にスパイラルを描くようにつながってゆく。個人の生が終わっても、命の流れそのものは引き継がれ、継ぎ足されながら次の世代が生み出されてゆく。

もしかしたら日本人のDNAにはこの「節目」の感覚が組み込まれていて、現代の生活においてもある時期がくると該当のDNA領域が活性化するのかもしれない。どこのどんな文化圏に居ようと、年末から元旦にかけて日本人に埋め込まれたこの「締めくくりスイッチ」がOnになる…みたいなね。

などと2016年の元旦は正月について、とりとめもない想像をしながらバークレーの地で過ごしました。
半袖の上にパーカーを羽織り、目にはサングラス、手にはコーヒーを持って…

Oh, no!
なんてユルくて、ヌルい元旦!
これじゃわたしの2015年は、「締まり」も「くくり」もあるはずない。
でも、ま、いっか…
2月の小正月まで締めくくりを延期しようっと!
これぞ「ザ・アメリカン☆正月」なり!?

 

イメージ引用:
clker.com
http://www.clker.com/clipart-happy-new-year-us-flag.html

祝福された役割

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ここ数日曇りだったり雨だったり…寒くてどことなく薄暗い日々が続いていたけれど、今日は久しぶりに快晴の冬空。風は冷たいけれど、パリッとした日差しと空気が気持ちよく、こうして家でパソコンに向かっていると何か気まずいような、もったいないような気がして落ち着かない。

落ち着かないのには他にも理由がある。もう数日で2015年が終わるからだ。あれもこれも年内にケリをつけておきたくなって、知らず知らずに気がはやってしまう。とはいえ、こんな落ち着かない気持ちを抱えながらも、こうして文章を書いているのは、まさにこの「2015年が終わろうとしている」ということが大きな理由だ。つまり、なんとしても今年中に書き残しておきたい事があるから。

「祝福された役割」・・・それがわたしが書きたいこと。
後から見てもはっきり分かるよう、このポストのタイトルにもした。
これはわたしが長い間感じ、学び、問い続けてきた事への一つの答え。

じゃ、そもそもの問いは何か…?というと
「仏性とは?」

******

ここ数年、仲間たちとともにジョアンナ・メイシーの思想を学ぶなかで、何度も何度も繰り返しわたしの内側に立ち現れてきたのが「仏性」という言葉。
でもそれがいったい何を意味するのか、はっきりとは分からなかった。
ただ感覚的に「すべての人には仏の性質が宿っている」んだろうなぁと感じるばかり。
つかめそうでつかめず、複雑そうでいて単純なような「仏性」について、ずっと長い間思いを巡らしていた。

とはいえ、のんびりと思いを巡らせているばかりではいられなくなってきたのだ。今年は折しもジョアンナ・メイシーとクリス・ジョンストン著の「ACTIVE HOPE」の日本語訳が出版され、わたしもワークショップなどを通してジョアンナ・メイシーの思想について日本で話しをさせてもらえる機会を多くいただくようになった。だからわたしがこの数年間、さまざまな機会に彼女から学んできたことを日本の人たちに伝えたいと思ったとき、この「仏性」なるものについて、自分なりの言葉、誰にでも分かる言葉で伝える必要があると強く思ったから。

で、ある日フッと降りてきたのがこの言葉
「祝福された役割」

「わたしたちはこの時代・この場所を自ら選んで生まれてきた」
「わたしたちには一人一人、この人生で果たすべき唯一無二の役割がある」
人間として生まれてきた私たちが、その与えられた生命の意味や役割を知り、それを果たさんと努力し続ける姿勢の大切さと強さ。それをわたしはジョアンナの言葉からだけでなく、その生き方を通して教わっている。

軽い羽がフワリと落ちるようにわたしのこころに舞い落ちた言葉ー「祝福された役割」は、そんなわたしの経験からその後もゆっくりと自然に意味付けされていった。
私たち一人一人の内側に、その人に与えられた役割がある。
それは私たちが求めずとも与えられているという意味ですでに祝福をうけている。
その役割を見つけることができれば、私たちはラッキーだ。
でももしまだその役割が見つからなくても、心配したりがっかりする必要はない。
大切なのは自分に与えられた特別な役割が必ず「ある」と信じて探すことだから。
だから、何があっても探すことをあきらめないこと。
自分を見限らないこと。

今の社会のシステムでは、自分のなかにも、他者のなかにも、この「祝福された役割」を見つけ出すのは本当に難しい。貧困・差別・競争などが何もかもゴタ混ぜになって私たちの内側に覆い被さり、万年雪のように降り積もってそれを奥深くに固く冷たく閉じ込めてしまうから。

いや、でも今からだって遅くない。
それぞれに与えられた祝福が、この惑星上でのびやかに育ち、色とりどりの花を結ぶような社会に少しずつでも変えていこう。
そのために、わたしにできる事はなにかいな…
そう思う1年の終わり。

みなさん、今年も本当にありがとうございました。
どうか2016年が愛と希望の年となりますように。

2015年12月末・バークレーにて

つながりを取り戻す

「あなたたち日本人を見ていると、戦争中に日本の帝国軍がわたしの国に何をしたかを思い出していたたまれない気持ちになる!」

現代に生きる日本人として、こんな言葉を面と向かって受け止める機会などそうそうないんじゃないだろうか。
ところがどういうわけか、わたしは最近そうした機会をえたのだった。

この後に続くストーリーは、一般公開のブログなら炎上騒ぎにも発展しそうな火種を含むものだと思う。でもこのブログはとにかくわたしの瞬間・瞬間の本音を足跡として残す場として創ったのだから、恥ずかしい事も危険な事も思い切って書いてしまおうと思う。もしこのストーリーによって嫌な思いをさせてしまった人がいたとしたら、本当にごめんなさい。

さて、先のその発言は、10人程度で同じテーブルを囲んでいる時に繰り出された言葉だった。涙ながらに戦争の傷跡を語るある国の女性を前にして、わたしは内心オロオロしていたし、また外から見てもまちがいなくタジロイでいたと思う。あまりに突然のことで、何を言われているのかすぐにはピンとこなかったからだ。彼女とわたしの年の差はたった3歳。それなのに彼女の現実とわたしのそれとが全然噛み合っていないのだから。

この場合「現実」とは「戦争」のこと。わたしにとって戦争は、沖縄問題も含めて知識という形でだけ頭のなかに存在していた。これまで戦争に関してはいろいろ情報収集もし、いろいろなストーリーを自分の血肉としてきたつもりではあったけれど、それでもやっぱり頭のなかの出来事の範疇を越え出ていなかったのだ。でも目の前の彼女にとっては、戦争はまだ生きた経験として生々しく存在していた。

今もまだ生きられている戦争。そのストーリーの中では、わたしもまた、そしてまだ、加害者なのだろう。彼女の苦しみに関心すら示さず、行動も起こさないという点では、積極的な加害者ではないにせよ消極的な加害者だ。

ところがそんな時に花火のように現れたわたしの内側の反応、最初の最初の最初に、一瞬のイナズマのようにわたしを貫いた思いといえば・・・
・これまで「のうのう」と生きてきた自分の無関心さが周囲の人に露呈されていることに対してバツが悪いような、恥ずかしいような感じ
・それもこれもこんなところで日本人を直接的に非難する彼女のせいだという自分勝手な怒り
・この状況では何を言っても上っ面だけ軽いの発言にとられるんじゃないかという不安と「いいヒト」としての自分を守りたいという思い
・今後彼女とは一定の距離を置きたいというおびえ

あぁぁ…
何たることか…
ほんっと情けない…

きっとわたしは怖かったのだ。彼女と対峙していると、目つきもめちゃくちゃ怒ってるようだし、声も大きいし、視線もぜったいにわたしから動かさないしで、もうまな板の上の鯉というか、昆虫採集の標本みたいな気がしていたから…

とはいえ、めちゃくちゃ怖いけどここで逃げてはいけないと思いなおし、翌日になって彼女に「一緒に昼食を食べてくれないか?」と誘いかけ、けげんな顔をされながらも一応承諾してくれたので、二人でご飯を食べることに。

そこで分かったのは、彼女はどうも「愛想笑い」はしないらしいということ。
もしかしたら彼女の文化にはそれがないのかも…
それをわたしは「拒絶」とか「怒り」のサインと混同していたのかもしれない。
いや、それともやっぱり「拒絶」や「怒り」があったのかもしれないけど。

1時間くらい話して、少しずつ「国同士の歴史的問題」じゃなくて「彼女本人」のことが分かってきたら、「彼女の国の抱えている痛み」というよりも「彼女の抱えている痛み」がなんとなく伝わってくるようになった。そしたら今度はその痛みにこころがグイグイ引っ張られていって「怖がらずに彼女と一緒にいられるために、わたしにできることは何だろう」という思いがわきあがってきたのだ。

彼女への怖れから、一時は自分を彼女から遠ざけようとしていたのだけど、不思議なことにこの瞬間から磁石の極が急に変わったみたいにカチッっとこの問題に引き寄せられていったのだ。「こんな思いはしたくない」という気持ちと「こんな思いはさせたくない」という気持ちの両極がピッタリと合わさったみたいな感じ。

ジョアンナがよく言う「この地球規模の危機によって、私たちが互いに背を向けあうようになってはならないのよ。そうではなくて、この危機を通して、私たちはつながりを取り戻してゆくのよ」ってこういうことなのかな…

あーあ!
いつか彼女がわたしにも笑顔を見せてくれる日があるといいな…
笑った顔はどんなかな…
いつかその日が来ると信じて、まずはわたしにできる事から行動してみるとしよう。

時間銀行ハジメマシタ

 

learning-group

時間銀行を開設しました。
皆さま、奮ってご利用下さい!

ただしこの口座
名義人はあなたですが、引き出し人は違います。

預けてもらうのはあなたの時間。
1分でもいいし、30分でもいいし、5時間でもいいし、あるいは24時間でも構いません。「未来の生命のために出来る事」を考えたり、そのために行動してください。

どんな事でも構いません。
今日は車で買い物に行くのをやめて自転車にするとか
ペットボトルのお茶を買わずに水筒を持ってでかけるとか

開行時間は1日24時間・1週間7日間。
いつでもお預け入れしていただけます。

払い戻し時の利子は絶対保証!
どんな銀行よりも大きな利息をお約束いたします。

だって今のあなたの1分は、未来の何十時間いや何年にも相当しますから。

な〜んてね。

 

あなたに必要なものは何ですか?

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先日、夫とジョアンナとわたし、そして友人2人と5人で食卓を囲んでいたときのこと。

突然ジョアンナが「今、私たち一人ひとりにとって何が必要なのか言葉にしてみましょうよ!」と提案した。
ジョアンナによくある「突然のひらめき」だ。

何度もこのジョアンナ特有の「ひらめき」の瞬間に居合わせてはいるけれど、一つととして同じ「ひらめき」はないため、時によってはけっこうな難題が提示されたりもする。

彼女の場合、自分自身のことから地球全体のことまで、あるいは人間のことから他の生命体のこと、ときには過去や未来のことまでも、どの時空間のどんな立場から語っても許されるのが面白い。

こんな事、あらためてじっくり考えた事はなかったけれど、本当はこうして時々振り返ってみるのはとても大切なことかもしれない。

その夜居合わせたメンバーは、それぞれが自分にとって本当に大切に思われるもの、そして必要に思われるものについて順番に言葉にしていった。
その間私たちはずっと手をとりあっていた。

正直なところ、わたしは何を言ったらいいのか全然分からなかった。
何かカッコいい事、賢そうに思える事、ウィットに富んだ事、慈愛に満ちた感動的な言葉を必死で探したけれど、こういう時に限ってキーワードすら思い浮かばない。
「ああ!こんな時に、人のこころを動かすようなスゴイ言葉が思い浮かんだらいいのに!」なんて、下心丸出しの空しい努力…

そうして何だか頭の中がグルグルしているうちに、とうとう自分に発言の順番が回ってきた。

ええい、しょうがない。もう何でもいいから言うしかない。月並みだろうとカッコ悪かろうと、無い袖は振れん…

で、その時思わずわたしの口から飛び出したのは…
I need courage to say NO to what is untrue to me, and courage to say YES to my life!
私に必要なのは、自分にとって本当でないものにNOという勇気、そして自分が生きているということにYESと言う勇気です。

・・・

あれ、何だ、これ?
自分で言ってて自分に聞いてるとは、なんとも情けない。
でも、どうやらこれが本当のことみたい。
私が必要としているのは、そういう事だったみたい。
だって、何となく腑に落ちる感じがするから。

で、ジョアンナの答えが何かって?

それは秘密!

でもきっと分かる。

わたしを通してジョアンナの必要なものがきっと伝わる。
そうでありたいとわたしが願い、そうであるようにと生きてゆくから。

推定5人のこのブログの読者さま。
同じ問いをあなたにも贈ります。

「あなたにとって今、”本当に” 必要なものは何ですか?」

 

イメージ引用
Lion Wallpapers
http://hdw.eweb4.com/search/lion/

 

世界のどこか

つい昨日のこと。

車で友達の家に向かう途中でふとラジオを聞いてみたい気持ちになった。日曜日の夕方遅くだというのに、どうしたわけか一般道で交通渋滞に巻き込まれてしまい、何となく手持ち無沙汰な時間ができてしまったからだ。

地方のラジオ局にチャンネルを合わせると、運のいいことに丁度イーストオークランドの3人の若者へのインタビューが始まったばかりだった。イーストオークランドといえばわたしが住むバークレーからは車で15分ぐらい。電車なら数駅先にすぎない場所だ。

インタビューに答えていた3人は何か選考基準があって特別に選ばれた3人というわけではないようで「ベイエリア内で最も貧しい地区(イーストオークランド)に住む若者」かつ「ラジオで話してもよい」という条件を満たしただけの、いわゆるその地区における「平均的」若者ということだった。

その彼らの話をしばらく聞いているうちに、わたしは何だか世界は二重構造になっていて、これまでの層ではない方の層に自分がうっかり移植されてしまったような気がしてきた。彼らの日常があまりにも自分のものと違っていて、自分の住む世界の延長上に彼らの世界もあるのだとは思えかったからだ。

ランダムに選択された3人(女性1人・男性2人)であるにも関わらず、自発的であろうとなかろうと全員が何らかのかたちでストリート・ギャングと接触があるか、あるいはストリートギャングに属している。11〜13歳で身を守るために銃を持ち始め、今までに銃で狙われたり、逆に銃で誰かに狙いをつけたこともある。そんな彼らにとっては、身内や友達を暴力沙汰で亡くすなんて経験は、別段取り立てて話す必要もないぐらい「普通」のことだと言う。

そのうちインタビュアーがこんな質問を投げかけた
ー未来についての希望はある?
うち一人が
「未来?希望?そんなもの、どっちも考えた事ないよ」
もう一人が続けて
「この先、どうやって生きていこうかなんて考えたこともない。今を生き延びられるかどうかすら分からないんだから。”どうなりたいか ?”・・・そんなの分からない。だって毎日が”どうやって生き延びるか ?”の繰り返しなんだから」

ーじゃ、怖いものは?
「ない」
ー全然?
「全然」
ーそう。あなたは?
「そうだな…自分の息子が今の俺の年になったときに、やっぱり今の俺みたいに生きていること。それが一番怖いかな」
ー自分が死ぬのは怖くない?
「全然怖いと思わない。死ぬのが怖いなんて、俺の周りでも誰も思ってないよ」

そのインタビューは特に何かの結論を出す訳でもなくそのままあと5分ぐらい続き、そこで終わった。そろそろ日が暮れてあたりは暗くなり始め、渋滞も解消して、わたしもようやく目的地に近づいてきた。

わたしはラジオを消して、車の前方を見据えた。
このままあと5分も走れば、彼らのいる場所に着く。
それにも関わらず彼らの生きる世界は、何と遠くに感じられることだろう。
こんなに近いのに、果てしなく遠い。

こんな風に書くと何だか自分は傍観者のようできまりが悪いような気もする。

でも本当は知っている。
彼らの現実はわたしの現実だということを。
彼らの未来はわたしの未来だということを。
世界の傍観者でいたくないなら、わたしはどうしたらいいのだろう?

世界は広く、わたしの知らない事は本当にたくさんある。